2000年初頭、激辛の四川式火鍋が上海を含む中国沿岸部の大都市に到来、一躍大ブームとなった。
元々上海料理を含む華東エリア(上海市、江蘇省、浙江省)の料理というのは、辛さがなく、むしろ何かと砂糖を加えて甘口にするものが多いため、何かと唐辛子をぶち込む四川式火鍋は対極をなす料理と言えるだろう。そんな刺激強めの四川式火鍋が、甘い料理に飽き飽きしていた上海人たちの間でもウケにウケ、上海の至るところに火鍋屋が出現した。
火鍋ブームはしばらく続いたが、一部の火鍋屋はあまりに激化する「火鍋戦争」に嫌気が差し、「水煮魚」専門店に鞍替えしていった。かの有名な地溝油(ドブ油)が社会問題になり始めたのもこの頃からだ。「火鍋」も「水煮魚」もとにかく大量の油を使う料理であったからだ。
時が過ぎて2021年、四川が「火鍋」「水煮魚」に次いで放つ第3の刺客「酸菜魚」に小さな注目が集まっている。なぜなら「酸菜魚」専門店として有名な「太二(タイアー)」というレストランチェーンが独創的すぎるサービスで若者を中心にここ数年、大流行しているだ。
ちなみに唐辛子や山椒の配分に多少の違いはあれど、少し乱暴な言い方をすれば、「火鍋のスープ」に「魚」をぶち込ち込んだ料理が「水煮魚」で、「水煮魚」に「酸菜」(少し酸味がある青菜の漬物、味は高菜漬けに近い)をぶち込んだ料理が「酸菜魚」であるため、ベースはどれも同じだ。
「太二」レストランチェーンの親会社である「九毛九」インターナショナル・ホールディングスは2020年1月に香港で上場。陕西省太原市出身の創業者「管毅宏」さんは、1995年に海南島の海口市で山西式麺屋を設立し、以降、中国の南部を中心に麺屋事業を拡大させてきた。

管さんは2015年に複数のブランドを展開、「太二」に続いて「2颗鸡蛋煎饼」、「怂」、「那未大叔是大厨」の3つのブランドを加え、これにより華南地区ではナンバーワン、中国全土でナンバースリーのレストラングループ企業に発展した。
「太二」の2020年の売上高は、19億6,200万元(約336億円)で前年比54%増。勢いに乗りまくっている「太二」レストランチェーンだが、今回は「太二」の短期間での成功の秘訣について考察してみようと思う。
非常に独創的な「太二」スタイル
「酸菜魚」を出す店は五万とあるが「太二」のスタイルはかなり独創的だ。名前、ロゴ、店の内装や店内の至る所に貼られたスローガンなど、どれもかなり変わっていて「太二」でしか味わえない体験を提供している。
まずはロゴの「太二」という名前、わずか二文字で極めてシンプル、言葉の響きもクールで一度聞いたら忘れないものとなっている。ロゴの左側で一生懸命に魚をさばいているコミカルなコミック調のキャラは、四川省出身の「2番目のボス」をモチーフにしている。

このブランド名の由来は、「2番目のボス」が魚をさばくのに夢中になって「店を開ける」ことを忘れていた自分がとてもバカに思え「太二(間抜け)」と名づけたそうだ。
店内は白と黒のミニマルなコミック調で装飾され、「太二」のロゴと「酸菜比魚好吃」(魚より酸菜の方が美味しいよ)などのスローガンが随所に散りばめられていて、料理が運ばれて来るまでの時間も目を楽しませてくれる。
また「太二」には少し変わったルールがいくつもある。

「5人以上のグループ客はお断りします」「相席はしません」「椅子の追加はしません」「デリバリー販売は行いません」その他にも、魚は毎日市場から届く、魚の数量が決まっている、売り切れたら早めに営業を終わる、など「頑固親父の店」的な少し強気な格言(ルール)がいくつもある。
また机の上には「真剣に食べて」「スマホで遊ばないように」と大きなお世話温かい注意書きまであったりする。

店内の厨房は「オープンキッチン」なので、来店客はシェフが一生懸命働いている姿を見ることができる。
独創的サービスの極めつけは、スタッフが大皿に入った「酸菜魚」を運んで来て机に置く前に、必ず「シャンパンコール」のような掛け声をかけることだ。
「鱼的快乐〜 回来啦〜 吃的带汤更美味啊」(魚を食べる幸せがぁ〜〜またやってまいりましたぁ〜〜さあ、スープと一緒に召し上がれぇ〜)
これらの小さな差別化の積み重ねが、いつもとは違う食事体験をもたらし、来店客のテンションを引きアゲている。
ミニマルなオペレーション
「太二」の店舗はどこも中型店規模で、店舗の内装や食器、サービスなどすべてが「ミニマル」仕様となっている。
創業者の管氏は、理想的なモデルには3つの要素があると考えている。
- おいしいこと
- 品目が多くないこと(多いと美味しく作れない)
- 標準化の度合いが高いこと
「太二」のメインディッシュは「酸菜魚」のみで、サイドメニューは冷菜、おつまみ、サラダ、少量麺など20品目以下で、中華レストランとしてこの商品数の少なさは異例なほどだ。SKU(単品管理)を合理化することで、仕入れや物流を簡素化し、提供効率を高めることができる。

サービスも極限まで簡素化されている。注文、支払い、お茶汲みはすべてお客がセルフで行う。テーブルの上に貼ってあるQRコードをスマホで読み取ると、微信のミニアプリが起動し、表示されたメニューを見て、品目を選び、支払いを先に済ませます。食事中は料理をテーブルに運ぶ以外のサービスは基本的にはない。

来店客の食事体験を保証するために、食事をする人数を厳格に管理し、1つのテーブルでは4名を超えてはならず、追加の椅子も提供しない。また、お客によるセルフサービスを盛り込むことで、スタッフとお客間の無用なコミュニケーションが減り、結果的に食事効率が向上し、高いテーブル回転率につながっている。
無駄を極限まで省く一方で、テーブルの手元の引き出しを開ければ、無料の高品質ティッシュ、爪楊枝などが、自由に使える配慮を忘れていない。
調理手法でブランドのコアコンピタンスを生み出す
市場で際立った存在になるために、独自のカルチャーや人間味ある体験に加え、「太二」にはもう1つ差別化された強みがある。「酸菜魚」でメインとなる食材は魚と酸菜だが、実は「太二」は酸菜に特に力を入れているのだ。
「酸菜比魚好吃」(魚より酸菜の方が美味しいよ)というメッセージは少し自虐的な皮肉にも見えるが、実は差別化を図るための「太二」のコアコンピタンスを反映したものだ。
「酸菜魚」専門店の場合、メインの食材となる「魚」を差別化するのは難しい、なぜなら、自社が買う魚と他社が買う魚には、ほとんど差がないからだ。そこで「太二」は「酸菜」に焦点を当て、四川省重慶の漬け物置き場の環境をそのまま再現し、伝統的な調理手法を用いて最高の「酸菜」を作ることにした。

また、複合調味料加工を使用することで、再現性が高く、手順が簡単で、味を一定に保つことが容易になります。こうすることでシェフへの依存度を下げ、標準化されたプロセス重視のオペレーションを実現することができる。独自に構築した漬け手法と製造環境により、「酸菜」に差別化を持たせた「太二」は「酸菜の方が魚より美味しいよ」というメッセージを掲げ、独創性のある料理を生み出した。
若いお客様の好みを理解する
「太二」のターゲットとなるお客層は、高い購買力を持つ都市部の25~35歳の若い女性。
もちろん「微博」や「微信」の運用でも、この層の好みをしっかりと把握し、若々しさと流行りのトレンドを押さえています。例えば「微信」のミニアプリでは、ヘッダー画像のデザインから本体のイラストやテキストまで、すべてがコミック調で統一されている。
「太二」は若者の好みをしっかりと理解し、彼らにアプローチし続けているからこそ、ユニークな食事体験とミニマルオペレーションで短期間で大人気のレストランチェーン・ブランドとなった。
「酸菜魚」で来店客の「味覚」を征服するだけでなく、内装や店内スローガンで「視覚」を、そしてシャンパンコールで「聴覚」まで征服することができる「太二」。近い将来、日本でも見かけるかもしれない。
