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日本が中国から中医薬(漢方薬)を学び、今中国が日本から漢方薬を学ぼうとしている

日本の中医

毎年冬になると足の血行不良や体の冷えから、なんとも表現し難い痛みが脚を襲うことがあり、その度に中医(中国医学)をマスターしている中国人鍼灸師のところに駆け込み、鍼とお灸の施術を受けています。

そのおかげで、足の痛みは年々軽くなってきており、去年の冬は2回通っただけで、嫌な痛みが完全に消えました。今年はまだ厳しい寒さがなく、症状も出ていませんが、メンテナンスを兼ねて近々また鍼灸の施術を受けに行く予定です。

今回は中国メディア「黒猩猩智庫」から「日本の漢方薬(中医)は世界で儲けているが、私たちは未だに中医か西洋医かの議論で争っている」を紹介します。


日本が今日、漢方薬の販売で世界シェアの90%を占めていることなど、誰が想像できたであろうか。漢方薬(中医薬)の発祥地である中国が、現在得ているシェアは2%に過ぎないというのは実に恥ずかしいことだ。

日本の医学界の権威であり、日本医師会から「最高功労賞」を受賞した大塚敬節氏は、1980年に亡くなる前、弟子たちに「今、我々は中国から漢方を学び、10年後には中国が我々から学ぶだろう」と語っていた。結果的にその言葉は真実となった。

日本は学ぶこと、真似て発展させることが得意な国だが、学ぶ相手は基本的には強者に限られる。日本で漢方薬が発展してきたのも、このような論理からだ。

中国の専門誌「中草薬」によると、現在、日本は漢方薬販売で世界シェアの90%を占めているという。このニュースを見て、恥ずかしさを感じずにはいられない。

恥を忍んで学ぶことが唯一の方法

日本における漢方医学の発展、特に日本の漢方医学の強みを正しく理解し、そこから学んでこそ、中国の家宝である漢方医学の発展をさらに促進させることができるのではないか。

日本も一度は漢方を捨てた

中医(中国の医学)は南北朝時代末期、朝鮮半島を経由して日本に伝わった。唐の時代になると、日本は中国文化を全面的に学ぶようになった。中医も日本で広まり吸収され、後の時代には日本的な特徴を持った「漢方医学」に発展した。

日本の漢方医学と中国の中国医学は同じルーツであり、同じ起源を持っている。

日本の遣隋使

1000年の間、日本人の健康を守ってきた漢方だが、近代では難しい局面を迎えたり、完全に捨てられたりもした。

大航海時代の到来とともに、ポルトガル人、スペイン人、オランダ人が日本にやって来た。当初は「南蛮人」や「紅毛人」と呼ばれていた。しかし、好奇心旺盛な日本の医師の中には、彼らの言葉が読めなくても、中国の粗末な人体図よりも正確な解剖図を描いていることを発見した。漢方医学は絶対的な権威ではなくなった。

漢方医学に対する政府の姿勢を揺るがす戦争が起こった。

1853年と1854年、アメリカのペリー艦隊は日本の扉を叩き、二度にわたって日本の開国を迫った。一部の開国派の日本人たちは、西洋文明の先進性を徐々に理解していった。

明治天皇の即位後は、改革を推し進め、1868年から1869年にかけての戊辰戦争では幕府軍を撃退した。戦争はもはや冷戦時代の剣や槍ではなく、マスケット銃や大砲で戦われ、犠牲者の規模もさらに大きくなった。軍隊にいた中国人医師は負傷兵を助けられなかったが、英国大使館から採用された西洋人医師が多くの兵士の命を救い、多くがすぐに回復して戦場に戻っていったのである。

「紅毛雑話」に登場する顕微鏡

いわば明治維新は、日本が中国起源の文化を捨て、西洋文明を全面的に受け入れた過程である。

西洋医学が「正しいものである」として中国医学に取って代わったのだ。

日本政府は漢方を完全に「封印」した。国家試験は西洋医学一辺倒で、漢方薬局は廃止され、漢方処方箋の自由取引も禁止され、西洋の医師免許を持つ医師しか漢方薬を処方できなくなった。

日本での中医の再興

明治維新後の数十年間、日本の学校では漢方薬が教えられなくなった。

しかし1970年代以降になると、状況は一変する。

日本経済の急速な近代化に伴い、慢性疾患やアレルギー疾患に苦しむ国民が急増し、特に高齢化によって多くの老人性疾患が発生するようになった。西洋医学では対応できないことが多かったが、漢方医学では意外な結果が出ることが多かったのだ。

また、中日両国の国交樹立により、中日間の文化交流が大きく進展し、中国医学の成果の多くが再び日本に紹介されるようになった。

日本政府も多大に支援した。東漢時代の著名な医師であった張仲景の「腸チフス及雑病論」の原処方をもとに、現在日本で一般的に使用されている210の処方を、1976年に厚生省が正式に漢方薬を健康保険の対象とし、主に有効な210の処方と140の生薬を医療用としてリストアップし、医療保険に入れるようにしたことで、患者の個人負担は最大3割で済むようになった。漢方薬の使用も大いに奨励されるようになった。

以降、日本では漢方医学が復活し、特に漢方薬は大きな成果を上げた。

日本の漢方薬局

日本には約200の漢方薬工場があり、2,000種類以上の漢方製剤がある。

また日本の医師の89%が漢方薬を処方しており、漢方薬の処方数は毎年15%の割合で増加している。

現在、日本にある6万軒の薬局のうち8割以上が漢方薬を取り扱っており、薬局やドラッグストアでは漢方薬が目立つようになってきている。

漢方薬局のポスター

日本国民も漢方を認めており、8割近くの人が「漢方は慢性疾患の治療に非常に効果がある」、6割の人が「漢方は健康寿命を延ばす」と考えている。

以前から漢方薬の海外市場に関心を持っていた中国の業界関係者が編集部に語ったところによると、中国における漢方薬の国際化の最大のライバルは、日本最大の漢方薬の製薬会社であるツムラ製薬であるという。

2001年、ツムラは「上海津村製薬有限公司」を設立し、2005年には米国で大規模なFDA申請を行うなど、日本国内はもちろん、米国市場においても極めて強固な市場ポジションを確立している。漢方薬に使われる生薬の約8割は中国から輸入する必要があり、ツムラ製薬は中国国内に70カ所以上のGAP生薬栽培拠点を設けているため、国内の漢方薬メーカーとは無縁ではない。

基礎研究の面でも、ツムラ製薬は薬理学、毒性学、製剤成分の分析などの標準化、規格化に多くの人手と資源を投入している。ツムラ製薬は、中国医学のエッセンスを包括的に継承した上で、西洋医学と科学的に整合させているのだ。

一方、国内の漢方薬メーカーは、そもそも生薬のベースとなるものがツムラ製薬よりもはるかに整っていない。同仁堂(中国の大手中医薬企業)は10年以上前に生薬栽培基地の配置を行い、現在では中国国内に8つのGAP基地を持ち、GAP基地を持つ漢方企業の中では最多となっているが、ツムラ製薬の70以上の基地と比べると大きな差がある。

GAPとは、Good Agricultural Practice of Medicinal Plants and Animalsの頭文字をとったもので、漢方薬の品質に影響を与える要因を管理し、漢方薬の製造工程を規制することで、「高品質・安定・管理可能」を実現するものです。

日本では、中国の漢方薬はスーパーや薬局で売られている最もポピュラーな商品の1つが「ダスモック」で、中国人観光客もたくさん買って友達や親戚に持って帰っている。

「一杯飲めば、あっという間に気分が良くなります。もう何年も経っていますが、再発したことはありません」仕事で日本に滞在することが多い中国人エンジニアが、記者にこう言った。

なぜ日本は先行しているのか?

日本の医学界の権威である大塚敬節氏は、死に際に弟子たちに「今、我々は中国から漢方を学び、10年後、中国は我々から学ぶ」と語ったという。

専門誌「中草薬」は、2016年の記事で、日本の漢方薬は今や世界の漢方薬販売シェアの90%を占めていると言及している。

日本の漢方薬はどのように復活したのだろうか?

1)政府支援

日本政府は、漢方薬を健康保険制度に組み入れ、漢方薬を採用する患者の薬剤費負担を軽減することに加えて、漢方薬の教育を重視していた。明治政府は漢方廃止法を制定していましたが、日本では1972年に文部科学省が総合大学、医科大学、薬科大学、歯科大学の医学部に伝統医学教育のコースを設けることを認めた。

2001年3月に文部科学省が発表した「教育のコアカリキュラム」に、漢方教育が盛り込まれました。 2004年には、80の医科大学すべてで漢方医学の教育が行われるようになりました。

また、北里研究所付属東洋医学研究所、富山医科薬科大学、漢方医学研究所など、漢方の研究機関にも政府が出資しています。

一般向け読み物

2)イノベーション重視

日本におけるイノベーションの主体はビジネスである。

日本の製薬会社は、国内の科学技術者数の60%を占め、その研究開発費は国家投資全体の80%を占めている。日本の三大漢方薬メーカー(三共、ツムラ、カネボウ)の新薬の研究開発費では、年間売上高の10%~20%を占める。

日本の漢方薬の多くは、煎じたり煮たりして漢方薬を服用する伝統的な方法から、顆粒、錠剤、カプセル、内服液になっている。薬効の保持を最大限にするために、薬物の抽出プロセスは、温熱抽出、減圧濃縮、スプレードライ、真空凍結乾燥などの技術や機器を用いた形で行われる。

革新的な剤形により、漢方薬はより簡単に服用できるようになり、スピード感のある現代社会のライフスタイルに適したものになった。

また、日本企業は製剤の見た目や味の面でも積極的に改善を図っている。美しい顆粒、洗練されたパッケージ、そして美味しさ。漢方顆粒の中には、水なしでも直接口に入れることができるものもあり、漢方薬のザラザラとした苦みのある見た目を払拭した。

企業が市場に最も近く、そして素早く適応する。例えば、日本の小林製薬が開発した肺をきれいにする飲み薬の「ダスモック」は、主に中国人観光客向けに販売されている。小林製薬では、中国人観光客の爆発的な増加に伴い「ダスモック」の生産量を30%増の約110万パックにする予定だ。

肺を浄化するダスモック

日本では漢方薬の「六神丸」をベースに、高麗人参、沉香などを加えて「救心丸」を開発し、年間1億ドル以上を輸出している。

3)厳格な品質管理

漢方医学(中国医学)に対する印象の1つに「不規則」というものがある。上海中医薬大学では、中医学の上級教授16人を招いて診断する実験を行ったことがあるが、舌と脈の情報の一致率が60%以下と判定された。

日本では、漢方薬の製造において、この「人それぞれ」の要素が強く抑制されている。

1980年代後半、日本は漢方薬製造のための品質管理コードを発行し、漢方薬はすべてこの基準に沿って製造されている。

厳しい生産ライン管理

また、日本では薬草の栽培に関する規範を導入しており、生産工程では化学肥料や農薬をできる限り使用せず、残留農薬や重金属の含有量を最小限に抑えることが求められている。原材料の品質を確保するために、各工程の詳細な記録が残されることになっているのだ。

日本では、性状や乾燥減量などの項目に加えて、手作りの薬に含まれる重金属や残留農薬の監視が非常に厳しい。さらに、日本の漢方薬の識別と含有量判定の要件は非常に高く、一般的には中国の漢方薬の基準よりも厳しいものとなっている。

標準化は、現代の生産の特徴です。 標準化された中国の医薬品は、ヨーロッパやアメリカの基準に抵触することはなく、国際市場で受け入れられるには明らかに有利である。

例えば、ツムラ製薬の「ツムラ漢方六君子湯エキス顆粒」は、西洋医学ではがん治療の補助薬として使われている。

漢方生姜湯

4)伝統継承の重視

中医(漢方)の原料、中医(漢方)の文献、これらは共に中国医学の宝と言えるだろう。

漢方では「本物の薬草」が一番大切である。ツムラ製薬は、中国国内に70カ所以上のGAP(漢方薬の生産と品質管理のための適正農業規範)ハーブの栽培拠点を設けている。中国企業でGAP拠点が最も多い漢方薬メーカーの同仁堂でも、GAP拠点は8つしかない。中国で生産された原材料の多くは日本に輸出され、加工されて最終医薬品として世界中に販売されています。

しかし、近年、日本の漢方薬メーカーが漢方薬の現地化を加速させている。ツムラは青森県八戸市の廃校になった小学校を薬用人参の現地栽培に活用しており、北海道では2021年には年間栽培量が2016年の3倍の2,000トンになると予想されている。

漢方薬原料の展示

古代中国の医学書が継承されている。西洋医学とは異なり、漢方の知恵は中国の伝統的な古書に根ざしている。現在、日本には中国に次ぐ中国医学書のコレクションがあり、20以上の中国医学書の出版・翻訳機関があり、毎年100冊以上の中国医学書が出版されている。日本は古書を重視するだけでなく、中国大陸、香港、台湾の中医学研究の最新動向にも注目し、各地区に専門機関を設置して、あらゆる中医学の出版物を収集して活用している。

他の国々も漢方に注目している

一人の医療関係者が記者に話してくれた。数年前、あるアメリカ人が結核の治療のため山西省の雲城という所に遠路はるばるやって来た。理由は、そこには独自の技術を持った中国の老いた医師がいるからだという。「治療を諦め、余命通知を出してしまうような病院は、私のところに患者を送ってください。1ヶ月で改善が見られ、3ヶ月で退院できることを保証する」とその医師は公開挑戦状を出していたのだ。アメリカ人患者がやって来たのは、つまり医師の結核の処方箋をもらうためだったというわけである。

今や人類の第一の死因となっている冠動脈疾患だが、ステント術は狭窄という問題の一時的な解決に過ぎず、ステントは血栓を再び引き起こす可能性が高いことを知っていながら、中国は現在、外国製のステントを宝物のように扱っているという惨状だ。

「胡麻を拾ってスイカを捨てる」とは残念極まりないが、昔の祖先が残してくれた最高の技術の中に、冠状動脈性心臓病を治療するための最高の技術があることを知らないのだ。

実は60〜70代の中医学の医師がアメリカに行くと、オープングリーンカードという特別な特権を比較的簡単に得ることができる。

「中医薬の教授たちは、中国国内では病院はおろか薬局すら開くことができない。彼は教師であり、医師としての資格を得る方法もなく、処方権もありません、例え病院を開くことができたとしても、100平米以上の物件と検査機関員、薬剤師、それと5名以上の医師登録が必要です」とある教師が語る。彼は63歳の時にアメリカに渡り、息子の家に住み、家の中で診察活動を行っている。

彼のルールは、他の医師のパイを取らないために、1日に診る患者を30人までと限定している。そして粗悪な薬草を避けるために、あえて香港から輸入している。月に9万ドルほどの収入があり、税金を払っても6万ドルは手元に残る。アメリカの郊外では10万ドルもあれば家が買える。「アメリカで診療所を開く場合、特に必要となるものはなく、ただ一つ、一日おきに保健所が来て処方箋をチェックしに来るのだが、どうやら彼らは何かを学びたいようだ」

湖南中医薬大学の准教授がアメリカを訪れた際に「アメリカ市場での漢方薬ブーム、中国での漢方薬研究への反省と提案」という記事を書いている。記事の中で「1994年、アメリカでは漢方薬のようなサプリメントがFDAの承認なしに直接アメリカ市場に入ってきて、オーガニック食品専門店で販売できるという規制が成立しました。アメリカのオーガニック食品店の棚に様々な漢方薬が並んでいるのを見て、アメリカで漢方薬がこんなにも普及していること、漢方薬の発展に希望が持てることを嬉しく思うと同時に、身の引き締まる思いがしました。アメリカで漢方製剤が普及し、漢方医学の発展に希望が持てるのは嬉しいことですが、多種多様な漢方製剤の中に、中国製のものが一つもないのは恥ずかしい限りです。」

おわり


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