かつては喧嘩っ早くどちらかというと落ちこぼれ少年だった阿K(アーケイ)が、すっかり「勝ち組」の顔になっていた。彼を成功に導いたのは、カンボジアの港町シアヌークビルでの限りなく違法に近い「オフショア・オンライン・カジノ」の運営だ。しかしたくさんの人々の血と汗と涙を顧みずに突き進んだ彼は、最後はボロキレの様に捨てられた。
阿Kが帰ってきた。
俺は故郷の荒い石造りの道を歩いている。頭上には灰色の空が広がり、暗い色合いの服を着た人たちが集まっていた。阿Kは豪華な特注の棺桶に入れられ、塗装したてのような鮮やかな木の色の外観がやたら目立っていた。
阿Kは俺の中学時代の同級生だ。当時、クラスの中で「優等生」が「劣等生」を助けるという「ペアリング」を学級担任から求められ、「クラスで3番目に優等生」だった俺が阿Kの隣の席になった。阿Kは、背は低かったが、色黒で恰幅があり、義理堅くて悪い奴ではないが、少し喧嘩っ早いところがあった。一度、俺がサッカーをやっている時に先輩とケンカになってしまい、顔を殴られたことがあったが、阿Kは何も言わず、先輩の教室に行ってボコボコにしたことがあった。
中学卒業後、俺は市内の進学校に入り、阿Kは地元の底辺高校で学生を続けた。これは後で聞いた話だが、2年生の時に喧嘩をして退学になり、江蘇省の親戚のところで商売を始めていたそうだ。それでお互い徐々に連絡を取らなくなっていった。
再会
阿Kと再会したのは、大学を卒業して5年が経った頃で、当時、俺は地元の職業訓練校で財務職員として働いていた。毎日出社したらネットで新聞を読み、同僚と噂話をし、いくつかの経緯報告書を書くことで、情けない給料をもらっていた。
当然一人暮らしなどできるはずもなく、実家に住み、親からはよく小言を言われ、自分の人生は「この片田舎の街で出会いもなく終わる」だろうと思っていたし、まさか阿Kの登場が俺の人生に大きな波紋を投げかけるとは思ってもみなかった。
俺の地元は小さな街だったため、幼馴染で残っている奴はほとんどいなかったが、親友の阿テン(アーテン)は数少ない居残り組の一人だ。彼は街の金融機関で小口融資の担当をしていたが、この2年間は、不動産不況や不動産部門の圧迫、不良資産の増加などで、間接的に金融部門がダメージを受け、毎月の住宅ローン返済や子供の粉ミルク代などで経済的に厳しい、とよく愚痴をこぼしていた。

「そういえば、阿Kが帰ってきたよ」
ビールを一口飲んでから、阿テンが言った。俺たちは中学校の夜間補習クラスが終わった後よく通っていた路上の屋台で飲んでいた。いつも夜だけ営業していて、豚の肺の炒め物がここの名物だ。
「阿Kか、最近はどうなの?」
「全然悪くないよ、ここ数年で少なくとも数百万元は稼いでる」
「そんなに?まだあの五金店(金物屋)をやっているの?」
俺は少し驚いた。
「五金店がそんなに儲かるわけないだろ!阿Kは今、大盤(ダーパン)をやっている、盤兄(パンガー)だよ」
阿テンは声を小さくして言った。大盤とは「オンラインカジノ」のことで、盤兄とは「オンラインカジノ運営のボス」のことだ。
「数年前に国が取締りをして、何人も逮捕されたんじゃなかったか?なぜ今になってまた?」
俺は阿テンに尋ねた。
「需要があれば市場が形成される、莫大な利益があればそこに賭ける猛者が現れる。今の主戦場は国内じゃなくて、合法になってる東南アジアに移っている」
阿テンの言うとおりだ。
「でも危険な香りがするな、何かやらかして捕まるかもしれない」
「何も知らないくせによ!大金を稼ぐのはいつでもリスクが付き物なんだよ。給料だけもらって待っていたら、ぬるま湯に浸ったカエルのように死んでいくだけだ!」
阿テンは使い捨てコップに残ったビールを一気に飲み干した。
誘い
阿Kから電話がかかってきた。
「元気か?帰ってきたよ、ハハハッ!」
阿Kはかすれた声で以前と変わらず壊れた標準語で話してきた。
「阿Kか、久しぶりだね。お前の噂は聞いたよ、連絡先を探していたとこなんだ」
「すまん、海外から帰ってきて電話番号を変えた時に伝えなかった俺が悪がった。俺の新しい番号は……8866だ、覚えておいて損はない番号だよ。ハハハ!」
阿Kの口調は以前と比べ、少し落ち着いていて洗練された感があった。
「わかった、今度会おう、阿テンも誘うよ」
「時間がないんだ、今晩会おう、阿テンには俺から連絡するよ。そうだ、お前の勤め先の職業訓練校の林部長はよく知った仲だから彼も誘ってみるよ。時間と場所はすぐ送るから、それじゃ今夜な!」
阿Kは俺の返事を待たずに、電話を切ってしまった。
その日の夕食は街のランドマークでもある銀泰ビルの最上階にあるレストランの個室だった。俺はよくこのビルのすぐ下の公園を散歩していたが、最上階にこんな贅沢な場所があるなんて知らなかったし、いつもは無表情で強面の林部長が嬉しそうに阿Kと酒を交わし、兄弟(ションディ)と呼んでいたことに何よりも驚いた。
「林兄さん、俺の幼馴染の彼をよろしくお願いします。彼は正義感が強い男ですよ」
阿Kは俺を見ながら林部長に言った。
「当然ですよ!兄弟、あなたの弟は私の弟でもある!さあ、もう一杯飲んで仲を深めてから、みんなでKTVにでも行くとしましょう!」
いい感じに酔っていた林部長もご機嫌なようだ。

高級KTVの個室のドアを開けると、中に5、6人の女の子が座っているのが見えた。みんなハイヒールに丈の短いスカートを履き、胸元が大きく開いたドレスを着ている。濃い化粧をしているが美人ばかりだった。酔った林部長は歌い踊り、美人に囲まれて酒を注がれていた。
阿Kが俺と阿テンの間に座り、「さあ!」と言った。
「乾杯しなおそう、兄弟三人で」
阿Kはずいぶん酒に強くなっているようだが、俺はもう酔いが回っていた。
「実は今回、お前たちの力を借りるために戻ってきたんだ」
阿Kは突然こう言った。
「必要なものがあれば何でも言ってくれ。お前の仕事は俺の仕事だ!」
どうやら阿テンも飲み過ぎのようだ。
「俺が今やっていることは、阿テンはよく知っているかもしれないな。今回、俺は人手と資金の調達のために戻ってきたんだ、資金調達の方はほぼ解決している」
阿Kは美女たちと踊っている林部長のほうを見ながら言った。
「あの男の権力はなかなかだな、今日も俺に300万元を融資をしてくれたんだ」
俺と阿テンの驚いた顔を見て、阿Kは続けた。
「外部の人間は信用できないが、幼馴染と兄弟は信用できるから、一緒にやってほしい、どうかな?」
「無問題(メイウェンティ)!俺はその言葉を待っていたんだ!明日にでもクソみたいな仕事は辞めてやる!」
阿テンは酔いから覚めたような顔つきに戻って言い放った。
「阿Kはそれなりに稼いだだろうに、なぜまだリスクを取るんだ?」
不安と戸惑いからの質問だった。
「数百万元で何ができる?市内でマンションを買うには少し足りないし、地元に戻って家庭を持ってもお前たちのような職業スキルもない。俺は戻っても何もできないのさ。だから海外に出てがっぽり稼いだら、故郷に別荘を建てて、市内にマンションを買ってさ、あとは残った資産の利子で食っていければ最高だろ」
「そうだ、経済的自由こそが真の自由だ!」
阿テンが声をあげた。
「まあ考えといてよ、時間はあるし、俺はまだ数人の顧客との商談もあるから。それと、家族には内緒にしておいてくれ」
阿KはKTVの支払い(マイタン)を済ませ、林部長とまた別のKTVに向かった。
つづく