前回までのあらすじ
カンボジアでオンラインカジノ事業を運営している幼馴染の阿K(アーケイ)、彼の誘いに乗った主人公は、もう一人の幼馴染の阿テンとともにカンボジアにやってきた。南国の小さな港町シアヌークビルでの彼らの任務は、毎日10時間パソコン画面に向かって見込み顧客とチャットし、彼らにギャンブル資金を課金させるように仕向けることだ。
「オフショア・オンライン・カジノ運営者たちの帰路(2)」からの続き
勝敗
阿Kの盤口(ハンディキャップ)は阿テンが加わったことで、飛ぶ鳥を落とす勢いで売上が伸びた。2カ月余りで1,000万元以上の利益を上げたのだ。阿テンはその才能とこれまでの国内での人脈を生かして、多くの新規顧客を開拓し、さらに担当部署の責任者にまで昇格した。
夜になると、阿テンと阿Kは中国や東南アジアの美女がたくさんいる会所(サウナ)に行って遊ぶことが多かった。そこで提供される酒は高く、肉(美女)はもっと高いため、一晩で6,000元〜7,000元は消費していた。
宿舎には、半年以上住み込みで食事係を担当している老張(ラオジャン)という50代前半の健康的なおじさんがいるが、俺は宿舎で老張とおしゃべりしている方が楽しかった。
「もちろんお金を稼ぐために来たんだ。国内では頑張って月1万元稼いでもよ、家賃を差し引くとあまり手元に残らないけどな、ここなら丸っと1万元が手元に残るだろ」
老張は黄色い歯でニヤリと笑うと、3本指を突き出した。
それから1ヵ月もしないうちに、老張が、実家で急ぎの金が必要になったから、5,000元ほど貸してくれと頼み込んできた。それからすぐ、老張は姿を消し、後になって会社の数人からも金を借りていたことがわかった。

老張は街のカジノホールの人たちの手によって捕まっていた。最初はカジノが発行する「無料お試し券」を使って、プレイしていたが、「一回勝って二回負ける」を繰り返しているうちに抜け出せなくなり、負け分を取り戻すため、給料までベットしていたようだ。カジノホールの中では勝ちも負けもあるが、基本的には負けが多く、老張はポーカーで何万元も負けていた。カジノホールから阿Kに問い合わせがあった時、阿Kはすでに新しい料理係を探していた。
自殺
ある日、「中国政府とカンボジア政府がオンラインギャンブルの共同捜査を開始する」というニュースをネットで見かけ、俺は慌てた。
「阿テン、出よう!このままでは帰れなくなるぞ!」
「問題ないよ、共同捜査か何か知らんけど、毎回脅すだけで実際には何も行われてないじゃんか」
阿テンは、目を赤くした牛のように、スクリーンに映し出された数字をじっと見つめていた。
突然、社内の誰かが叫んだ。
「誰かがビルから飛び降りた!誰かが死んだ!」
俺と阿テンはあわてて外に出た。
死んだのは小斉だった。
彼は脱走を企てていたが、違約金が払えないことを心配していたのだ。そこで内部情報を盗み、会社を相手に取引交渉をしようとしたが、空港に着いたところで警備員たちに捕まり、連れ戻されてからは「暗室」に閉じ込められていた。
朝早く、一昼夜飢えに耐えていた小斉は、ビルの屋上にこっそり上がり、そして飛び降りた…
小斉の体は青白く、冷たくなっていて、腰がへこむほど痩せていた。

彼はただ家に帰りたかっただけなのに、この畜生どもは…
夜になると、阿Kと阿テンは、20人の新規顧客の獲得を祝うため、また会所に行くことになった。
俺は阿Kに「実家に急用ができた」と言い、慌てて荷物をまとめ、明日の飛行機を予約して帰国することにした。
阿Kはあっさり同意してくれた。
「いいよ、でもここで稼いだお金は預かることになるけど」
幻想
阿Kから電話がかかってきたのは、1年後のことだった。
「ひとつお願いがあるんだ」
とても疲れた声だった。
「阿テンは捕まって今は国内にいる。自殺を図ったが、幸いにもすぐ発見され、大事には至らなかったそうだ」
「俺の代わりに会いに行ってくれないか?」
「えっ?どうしてこんなことに?阿K、お前は大丈夫なのか?」
「俺は大丈夫だ、俺はまだやることが残ってるんだ、阿テンは、あいつは俺の身代わりになって逮捕されたんだ」
久しぶりに阿テンを見た時、俺には彼がまるで知らない他人のように見えた。生気がごっそり抜け落ちてしまっていた。
「俺にはもう何も残っていない、妻は子供と俺が送金した金を持って間男と逃げていったよ」
一時の夢のような時間がこんなにも早く醒めるとは思ってもみなかったが、俺はただ阿テンを慰めることぐらいしかできなかった。
「それで阿Kは、彼は戻ってきたくはないのか?」
阿テンに尋ねた。
「そりゃ戻ってきたいだろう、でも難しいかもな。阿Kはもう国内の公安網で指名手配されているんだ。どんな手を使ってでも帰ってきたいだろう……もし帰ってこれるなら…もうそれで十分だ」
「俺たちの街の川に橋が架かると聞いてて、阿Kは橋の建設に5,000万元を寄付して帰国させてもらえないかと言っていたが、たとえ1億元寄付しても国は戻ってこさせないだろうね」
敗者
阿Kは今だに故郷に戻れていない。
共同捜査が強化され、シアヌークビルのギャンブル産業は一夜にして空っぽになり崩壊した。富の創造神話は一夜にして崩れ去ったのだ。
帰って来れない人は窮地に陥り、オンラインギャンブルの運営施設は跡形もなく消え、賃金未回収の労働者や出稼ぎたちは長期間足止めを食らい、カジノは閉まり、店も閉まり、商品として売りに出された…
経済の崩壊が人々の人生を飲み込んでしまったのだ。ボディーガードだった大Bは阿Kを誘拐し、阿Kと家族に「殺されたくなければ2,000万元を支払うよう」要求してきた。
黒い社用車の中で、大Bは阿Kに銃口を向けながら「金か命か」さっさと選ぶよう促した。大Bは阿Kが金を渡すだろうと考えていた。しかし、阿Kは大Bが俺を撃つことなどできないと見ていた。
「お前は俺の犬だろう。この港町で俺に何ができるっていうんだ」
阿Kは静かに言った。
退路を断たれた大Bは勢いに任せて2発続けて撃った。大Bは阿Kの体を車外に蹴り落とした。
今回は阿Kの賭けが外れた。
帰路
故郷の川に8車線の鉄橋が架けられ、市街地に通勤する人たちが帰宅しやすくなった。
ゆっくりと流れる川を見ていると、川はまるで、俺の言いたいことを静かに聞いてくれているような気がした。
阿Kも阿テンも、もう戻ってこないことくらい、俺でもなんとなくわかった。
おわり